解説湯の川温泉の歴史

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湯の川温泉(北海道函館)の歴史湯の川温泉の歴史は北海道の中でも古く、承応2年(1653)に松前藩主の息子の病気療養場所を探した際に発見された。

松前藩主九代・高広(幼名 千勝丸)の母は、「松前城の東にある温泉に行けば、どんな病も治る」というお告げを夢で見る。この夢で見た温泉こそが「湯の川温泉」であった。

温泉は湯量も少なく、温度も低かったため広くは知られず、その後しばらくは地元の人々が湯浴みする程度であった。

明治18年(1885)に石川藤助がボーリング掘削を試み、温泉を掘り当て、翌年には温泉宿ができ、料理店や宿などが建ち並び、湯の川温泉は賑わった。

箱館戦争時には、旧幕軍の総裁・榎本武揚が250名の傷病兵を療養させていた。

明治31年(1898)には馬車鉄道が開通し、大正2年(1913)には電車に替わり、大正7年(1918)には、日本初の有料道路が海岸線に開通し、交通網が整備された。

その後も北洋漁業の隆盛と共に日本でも有数の歓楽街として賑わい、昭和20年頃まで「函館の奥座敷」と言われる。

平成18年(2006)年には別府温泉で開催されていたオンパクを導入し、はこだて湯の川オンパクを開催した。別府以外では初のオンパク開催地となった。


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